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2009年11月

CM インテル-宇宙ちゃん

CM インテル-宇宙ちゃん

 前回、インテルシリーズの、分解くんの記事をアップしました。

第二バージョン、今度は「宇宙ちゃん」

私の名前は宇宙ちゃん、宇宙ちゃんは顔を真っ青に塗って生活しているんですね。

一見、CMだけみても、訳がわからないんだけど、ウェブを見ると「ははー、なるほど」ってなります。

というのも、分解ほど、深い内容があったわけではないんだけどね。

まあ、宇宙ちゃんは、真青の宇宙人と出会い、その宇宙人がお母さんとはぐれて迷子になったので、一緒に探して、いろんな星に旅に出るって話で、お母さんが見つかったはいいけど、今度は、宇宙ちゃんのほうが、お母さんに会いたくなっちゃって、UFOでお家まで送ってもらったってストーリー。

んで、もう一度、宇宙人に会えるように、顔を真っ青に塗っていたってわけです。

夜寝るときは、あの真青のペイントをとるんだなーってね、可愛いなー。

いのちの島(ネタばれ注意)

パナソニック・ドラマ 脚本 清水有生 「いのちの島」

 この物語は、先日SPドラマとして、放送されていた作品です。

人って、早くて1歳、遅くても6歳くらいから、親の元を離れて、集団で生活するようになるでしょう。

それが二十歳までつづく。学校という所を通じて集団生活や学業を習うわけなんですが・・・。

決して、短い時間じゃないよね。あまりにも長いあいだ、その生活に身をおく。

そして、日本人は、それからとんと、勉学に励まなくなる。そいう言い方は語弊があると思うけど、義務的な効力がなくなるっていう感じかな・・・。

まあ、大学なんかも、ほぼ義務的に勉強しているのとは違うと思うけど。

そこで、いい大学に入って、いい会社に就職する。

もし、その道を外したら、負け組になる。

・・・・日本ってまだそいう処あるよね。

大学できまる、頭のよしあしで決まる・学歴社会。

この「いのちの島」という物語は、そいうレールから外れてしまった人々に焦点をあてて書かれた作品でした。

人の見る目を気にするな、自分は自分・・・なんて言いながら、やはりまだ日本は学歴社会という壁を全く超えてはいないと思います。

登場人物はひとりひとりに事情がある。こころが弱くなった人間達ですが、それが故に、人の弱さや、問題に真摯に向き合うことができる間口の広さがあるとでもいおうか。

そいう人々の集まりでしたね。挫折を知らない人間に、失敗を知らない人間にはもしかしたら分からない作品かもしれないけど、そんな人この世にいるわけがないと思うから。

小さな日本に、地球に生まれた私たちは、なんてちっぽけな存在なんだろう?

縄文杉からしたら、私たちなんてちっぽけな存在だ、死ぬなんてちっぽけなことだ!って話は括られていましたけど。

誰が作ったか分からない常識なんかにとらわれないで、前向きな気持ちになってくれればいい。

主人公である、永作さんはそいう教師になるような終わり方でした。

決してオーバーにはならずに、等身大で演じてくれて、素敵でした。

坂の上の雲(ネタばれ注意)

 司馬遼太郎原作 「坂の上の雲」

 今回NHKが、多分局をあげて制作しているであろう作品 「坂の上の雲」

時代は、明治時代、日本が激動ど言われる時代を題材にしている。原作は、今はなき司馬遼太郎。

歴史小説にこの人ありと言われるほどの作家である。

かくいう、私も彼の作品で卒業論文を書いたほどである。いつの時代の人間に読まれても、面白いと思わせる抜群の文章力と構成力を併せ持つ、天才作家だと思う。

私は、司馬さんの小説を読んだ時、不思議な感じに襲われる。そう、のめり込むというやつだ。

先が気になって、次へ、次へと、そして読み終わった後、胸が熱くなる。こんな日本を、坂本竜馬が喜んでいるんだろうか・・・なんて漠然と思ったものだけど。

NHKは私が生まれてから、司馬さんの作品を原作とした大河ドラマを沢山制作したと思うけれど、私が一番最初に出会ったのは、「最後の将軍」である。

驚くべき、この徳川慶喜を演じたのは、今、坂の上の雲で主人公をやっている本木雅弘なのである。

司馬さんの作品と縁が深い方なのだろうか・・・。2010年からの大河ドラマは「竜馬伝」こちらの原作は司馬さんかと思いきや、そうではないみたいですね。

今回は、モノローグという感じに進みましたが、役者がほんとにベテランの演技派ばっかりなので、何の違和感もなく物語にスーット溶けて、入って行ったっていう印象ですね。

あの頃の若者は、夢を持ち、胸は熱く、期待があった。そう情熱があったとでもいおうか・・。

「日本を良くするのは、自分自身である」という信念に疑いがないという感じ。

意味のわからない自信にあふれている。

そう、かつて、日本国民は、若者は、そうであったのか・・・。だとすれば、それから100年近くたとうとしている今はどうなのだろう?

そいうエネルギーが、役者たちからみなぎっていた。多分40代半ばなんだろうけど、演じていたのは、十代だ。

なのに、今の十代より、若々しく、希望にあふれた姿に、心がちりちりした。

来週からが楽しみだ。どんな展開が待っているんだろう。

CM インテルー分解くん

CM インテル・分解くん

 最近、面白いCMを発見しましたよー!!

インテルのCM。

可愛い歌とともに流れてくるんですよー金髪のクルクル髪の男の子がねー、なんでもかんでもバラッバラに分解しちゃうの。

時には、車だったり、時にはグローブだったりする。

なんでも、かんでもばらん、バラン!!

また奇麗に分解すること。

もー可愛くって、可愛くって!!

でも、この企業のコンセプトがちゃんと入っていましたよ。

CMの最後にね、分解くんの本音は、ヴェブで!!みたいなこと書いてあってね、今日それを見ました。

ただ、キュートなCMじゃなかったですよ、新しい未来を作るのは一つの疑問からだ、?をなくしちゃったら、つまんなくなっちゃった・・って。

僕だけが見つけられる疑問が待ってるんだってね。

科学技術の進歩はほんと、小さなハテナからだったのでしょうね!

にしても分解くん可愛い!!!

おくりびと(ねたバレ注意)

 滝田洋二郎監督作品・脚本 小山薫堂 「おくりびと」

すばらしいタイトルをつけたものです。「納棺師」のことです。

よく聞きます、素晴らしい映画には、素晴らしいタイトルがついているものだ。

タイトルには、その作品の本質があったり、一番大切なキーワードが使われたりするものでしょう?

なので、作品を見るひとつに、タイトルを見て、興味を覚えるか、いなか・・・ってところをチェックするのも面白いですよね。

映画館で見でみました。最初の30分でおお泣きしました。

それは、誰かに感情移入してとか、そんなことじゃなく、ただ人間は、こうやって死ななければならない。そう思える映画だったということです。

人の死を描く作品は数多い、ただ、死自身のことを描いている作品は意外に少ないのです。

人は生れて、死に向かって歩いているわけです。人間が唯一生まれてから平等に訪れるのは死だけでは、ないでしょうか。

なので、この作品が米国アカデミー賞で受賞したのは、頷けます。この「死」という事柄だけは、世界で共通することだからです。

「死」に関わる、葬儀屋や、この納棺師という職業がケガラワシイという表現で表されていたことには疑問をもちますが、世間一般ではそいう気持に同調する人が多いのだろうか・・・よくわからないけど。

主人公は、夢に挫折して、たまたまこの職業に出会い、挫折も味わいながら、この仕事のやりがいを発見し、誇りをもっていく。

そいうお話でした。彼が父親に対して、ああやって、最後、納棺師として、そして息子として向き合えたことは、地味な演出でしたが非常に感動的なシーンとなっていましたよね。

あの作品が遺作となってしまった峰岸撤さんでしたが。

そして、広末さんの役どころなんですが、一気にこの作品に出演してから、再ブレイクをしていますけれども、やはり、ちょっと違和感がありましたね。

なんだろうか、周りがベテランすぎて、しょうがない所もあったと思いますけど。

あの「けがらわしい」がなんだか、軽くって・・・そうかな・・・ケガラワシイだろうか?と見ながら思ったものですが・・・。やはり主人公に感情移入していたから、そう思っただけかもしれないけど・・・。

そんなこと言うなよ、軽々しく死者を扱っている人前にして!!みたいな気持が前面に出てしまって、不快感を感じてしまったほどです。

まあ、彼女自身が、そいう役回りだったってことだろうけど、あのセリフも彼女が考えたわけじゃなくて、脚本がそうなっているわけなので・・・。

この作品の面白かったところは、やはり、ちょっとした笑いが数々ちりばめられていた!ってところによると思いますね。

もっくんが顔を血まみれにして痛い・・・痛いんだけど・・ってなってたところなんてめちゃおもしろかったし。

もう、匂いの付いた体を必死に銭湯で洗い流している所なんかも笑えたし。

にしても、あの、銭湯屋の女将さんが亡くなって、笹野さんが、火を入れるところ、最高に泣けたな・・。

山崎努さんは、もう、この職業を分かり切っていて、余裕があるっていうか、そいう感じがにじみ出てましたよね・・・この師匠は、師匠って感じの師匠だったなー。

自分の肉親が、死にゆくとき、できればこのように送って差し上げたい、そして、自分が死ぬ時もそうでありたい。

丁重に、大切に、心をこめて送ってもらえたら、それがその人の生きざまでしょう?

そうやって送られた人は、そんな人生を送って来たってことでしょう?ちゃんと死ぬ前にあいさつをして、お世話になった人にお礼して、会いたい人にも会って。そして、家族や、孫が沢山いて、自分のことを思い出してくれる。

体を奇麗にふいてもらって、奇麗な衣装を着せてもらって、化粧をしてもらって、たくさんお花に囲まれて。骨を拾ってもらう。

そいう死に方ができたら、それはその人が、そいうして貰えるだけの人生を歩んできたってことでしょう?生きざまってことでしょう?

こうありたい。こうありたいですよね。

NANA(ねたバレ注意)

 大谷健太郎監督作品・脚本 浅野妙子 「NANA」

驚きました、脚本、浅野妙子さんだったんですね、あの「ラスト・フレンズ」と「イノセント・ラヴ」で話題になった脚本家さんです。

こうやって、作品のことを書いていると、新たな発見があるものです。私は、「NANA」そして、「NANA2」も見ました。

軍配は、もちろん世間の評価と全く同じ、最初の作品の方が私的にはよかったです。みなさんもちろんご存じの通り、この作品は漫画が原作です。

矢沢あい作 「NANA」

今、もしかしたら、一番売れている少女マンガではないのでしょうか。

NANAこのタイトルは、二人の主人公の名前をさしています。一人は、北海道から、歌手を目指して東京にやってきた 大埼ナナ、もう一人の主人公は、普通の平凡な女性小松奈々。

この作品は、この性格もタイプも、生き方も違う二人の女性が織りなす話が中心になっています。

憧れ性を大埼ナナに、協調性、同調性を小松奈々に背負わせ、本篇は始まります。

漫画にありがちな、設定とドラマティックな展開に、役者の力量が合わさって、ちょっと面白い作品になっていましたね。

大埼ナナは、とても不幸をしょい込んだカリスマ性のある女性だけど、影があって精神的には弱く、恋人に依存しないと生きていけないようなタイプ。外見では強そうなんだけど。そんな雰囲気・・・ちょっと危ないような、一人でほっとけないような感じを上手く中島みかが出していました。体系的にも、あの独特な暗さも。強がりなところも、まるで、この漫画のなかの主人公が抜け出てきたような、かぶり方でしたよね。

そして、もう一人、こちらを演じたのは、あの「篤姫」こと、宮崎あおいさんなんですね。この女性は、頭が軽く、考えが甘い。彼氏を追うためだけに大都会東京に乗り込んでくるあたり本当にその辺がよく出てますよね。

女性であることを武器に生きているような、それでうまく世の中をわたっているようで、全くわたれてない不器用な女の子なんです。まさに夢に夢している夢子。な感じで、頭は軽いんだけど、人間として大切な、あったかさと、安心感が存在している。

人って、完璧すぎると近寄りにくかったりしません?あまり余裕がないと、人には優しくできないものですよね。

小松奈々は、人としての隙がたくさんあって無防備にみえるけど、とてもたくましい女性なんですよ。懐が大きくて、あったかいゆりかごのような人。

だから、心に余裕のない人がどんどん彼女に吸い寄せられていく、そう癒されている。彼女はそんな人物です。

それは、漫画からも十分に感じ取れることだし、それが、この作品の救いにもなっている。そんな魅力的な人物をよくわかって演じているような気がした。それが一作目の宮崎あおいの小松奈々だった気がします。

演技としてでていなくても、存在として出ているように感じました。

もう、本人のそもそも持っている魅力なのかもしれませんが。だから、連が松田龍平だとか、真一が松山ケンイチだったとか、そいうことももちろんあるかもしれませんが、やはり宮崎あおいの存在感だったのではないだろうか?と思うわけです。

もちろん中島みかさんは、文句をつけようがないくらい原作そのままだったので。二作目もよかったんですけど。

申し訳ないけど、市川結衣さんは、あの全面にでている尻が軽くて、頭が軽いところばかりクローズアップされたように見えてしまって、とても原作の小松奈々には見えませんでした。

内面の魅力を演じてもらわないと、この役は難しいと思いますね。一歩まちがえればとんでもない誤解を観客に与えかねませんもの。

それをとてもストレートに浮き彫りにしてしまった作品達でしたね。

0の焦点(ねたバレ注意)

 犬童一心監督・脚本 「0の焦点」

 この映画は、美人アカデミー女優の共演ということで話題になっていました。

広末涼子、中谷美紀、木村多江

犬童監督は、女性を美しく撮ることにかけては天下逸品の監督。ただ、テイストとして、清張作品や、サスペンス・ミステリーというジャンルは不向きなんじゃないのかな・・・と個人的には思っていましたが、今回のこの作品、三人とも凄く美しく撮られていましたね。

広末涼子の初々しい新妻。

中谷美紀の目標に向かって走るキャリアウーマン。

木村多江のか弱気、やさしき不幸の女。

どれもが、その立場にあった魅力を存分に感じることができたし、どの女性に対しても感情移入できるぐらい丁寧に描いていたと思いました。

私、作品を映画館で見る時、あるていどネットでどんな感想で見られているかちょっとのぞいてしまう所があるのです。

が、あまり言い評判ではなかったために、期待は半分に減らして見に行きました。

よかったです。ジェットコースターのようなエンターテイメントだった。展開は早かったし、謎と気も部分も面白かったし、なにより、三人がきれいでいた。

昭和中期、あの時代の雰囲気をとてもよく体現していたし、金沢って雪深いんですね。

衣装もきれいで、すっとその世界観に入れるところありました。

この話は本当に奥の深い話でした。中谷の役は、基本的にこの世の中をよくするのには女性の手が必要で、それを成し遂げるには自分の力が必要だと信じていた女。

ほんとうに、それだけのために生きていたような感じがしました。もしかして、今の旦那と結婚したことに対してもそのような力、いわゆる財力があり、日本をそのような方向にもっていけると踏んでの結婚だったのではないかとすら思いました。

それぐらい、彼女の意志は強かった。弟を食べさせるために、米兵を相手にしなければならなかった、あのプライドの高い彼女がどれほどの屈辱を味わったことだろうか。

木村多江さんと教室の中で歌い、くやし涙を流したシーンは印象深かった。木村さんとの友情もより深いところでつながっている絆もすごく感じることができました。

「女性がこんなめに、私のようなめに二度と合わないように」

最後の彼女の演説には目を見張り、ぐいぐいと引っ張りこまれた。なので、ああ、彼女の想いってこれなのか!と感じることができたのです。素晴らしいといっていもいい演技でした。

木村さんが崖から落ち、彼女の荷物から、母子手帳が出てきたときのサクランぶりは鬼気迫るところがあったし、血まみれになる彼女の精神の錯乱状態が本当に圧巻でした。

傷だらけの彼女の演説を前にして、広末は「マリー」と叫びます。

あのセリフは強烈でいた。彼女を死に追いやる言葉だったな。

やったことは、酷いこと、当然の報いかもしれませんが。

広末さんの、新妻独特の不安感、それは相手に対することかもしれないし、生死にたいすることかもしれないけど、そいう不安定感はものは凄く感じましたね。

ただ、彼女なら、新しい人生を歩いていけると思えた妻の魅力までは感じませんでしたけど。

多江さんは、不幸な女性の役が本当に多い。体の線もほそいし、繊細な顔をしているということもあって、田舎の、知識のあまりない、素直な女性を違和感なく演じておられて、中谷さんと向き合って死んでいいくシーンなんかは息をのむくらいきれいだった。

男はずるい、こんな清純な女まで騙していく。

そんな西島さん演じる彼が許せなかったのかもしれません。

中谷さん本当に素晴らしい俳優さんになられたもんだ。奇麗すぎるを通り越して、顔が怖すぎました。

そして、女性の視点という一本の筋を全く外さないで、最後まで通してくれた、そして魅力的に撮ってくれた犬童監督はやはりすばらしいと思うのです。

ユリイカ(ねたバレ注意)

 青山真治監督・脚本 「ユリイカ」

 ユリイカという意味;見つけるというギリシア語らしい。

この映画は、海外の映画賞でも、かなり評価され、又、同じ監督でサッド・バケーションという映画でも一緒に仕事をしている。

この作品は、監督オリジナルなんですね、上映時間はなんと、二時間を軽くこえる長さ。

正直・・・長い、長すぎる・・・とおもうところもあるけれど、それでも先が気になって、見飽きるということはない作品です。

宮崎あおいの出世作品のひとつです!

この作品、もちろん主演は役所さん、共演は、実の兄である宮崎将。

内容は、バスジャック事件の運転手、乗客という間柄、乗客は次々と殺され、いつ自分が殺されるかわからないような、緊迫した状態に長く身を置いたせいか、みんな三者三様に心に傷を負い、そして再生していくというストーリー。

私たちは、日々平凡に生きているから、例えば誰か身内が殺されたり、また、殺してしまったりなんてことめったにない。ついでに、そいう現場に遭遇すること事態もマレです。

だから、例えばそいうことに遭遇してしまった時の身体的、精神的なダメージがどれだけのものなのか?というところがこの話の焦点になっていました。

大丈夫なふりをしていても、立ち直ろう、立ち直ろうとしていても、周りから見るとどこか違いがあり、無理して見えてしまうようなこと、そんなことに違和感を感じたり、居心地の悪さを感じて、この気持ちを共有してくれる人、というよりは、特別視しないで生活できる空間をさがしている、模索している主人公を役所広治さんが繊細に演じておられました。

寡黙で、人を寄せ付けない空気、そして、あきらかに浮いている空気感。周りから見られる特別な目線に、あきらめにも似た感じをかもし出していた。

そして、もう一組の被害者、唯一生き残った、二人の兄弟。この二人が、バスジャックのことがきっかけで、家族が離散し、母親は、違う男と逃げ、父親は自殺してしまうという、あまりにも不幸な境遇。

ちょっとやりすぎじゃないですか?という不幸のオン・パレードでしたけど。

じめっとした感じは、あおいさんは、「害虫」という映画や、「白と青で水色」という作品でみていました。どちらもテイスト的には同じ。

あまりにも、大人に見放されてしまった子供でした。害虫のほうは、そもそも彼女を追い込んだ原因が親にあったと同時に、彼女の魔性なる魅力がさらなる不幸を背負い込んだというイメージでした。

ユリイカは、不幸な出来事は、同じ親に見離されるんだけど、大人によって救われるという違いがある。同じ体験をした役所さんによって、同じように乗り越えてゆくという感じ。

大人の力によって救われるというより、共に乗り越える道を模索するって感じで、終わってました。

実際、彼女の兄のほうが、受けた傷を、引きずり、それによって犯罪を犯していたという設定でしたが、それを知っていてもどうしようもできない、妹が本当に可哀想で、いつ、精神のバランスを崩してもおかしくないような危うい感じがでていました。

このような作品を十代のときから経験していたら、それは、やはり経験という意味でもかなりの能力になるだろうな・・・そいう思います。

得てして、得られるチャンスも、彼女を選んだか・・・という印象。

宮崎あおいにしても、蒼井優にしても。

どれだけ軽い役をやっていたとしても、このな経験があれば、いつでもこのスタンスに戻ってこれるそんな気がします。

役所さんが、兄の犯罪をしり、それを止めるところは、圧巻でした。言葉でいうことはほとんどない、目線や表情、動きで全身で訴える力がみなぎっていて、ああ、人はこんなところで絆としてつながれるんだ・・・押し付けがましくない方法で表現していた監督のディレクションには脱帽。

難しい作品だけど、ちゃんと心のどこかにちゃんと残る作品。

長いのを覚悟して、みてみてください!!

ベルサイユのばら:フランス(ネタばれ注意)

 池田理代子原作 「ベルサイユのばら」

 みなさん、もうだいぶ前になりますが、宝塚歌劇団で、この「ベルサイユのばら」が代表作品になったのをご存じですか?

というのも、もとは少女マンガなんですよ。月刊マーガレットという雑誌に連載されていた漫画なんですね。

 私は、ずっと前に漫画でこの作品を読んだことがありましたが、この前、この漫画を題材にしたドラマがありましたよね、「派遣のオスカル」という作品。

それがきっかけでもう一度、この漫画を読んでみることにしたわけです。いやーだいぶ前に読んだ時とはまたずいぶん違う印象を持ちましたね。

それが、講じて、私アニメーションも見てみることにしたんですね。どちらもとても力のある作品になっていましたね。

なるほど、これほど原作がしったかりした作品なら、舞台にしても面白いだろうな・・・そう思いましたね。

とにもかくにも、フランスという国は本当に面白い国なんですね。というのも、わたし、偶然にも今年、フランスに旅行に行ってまして、ほんとうに、それもあって、フランスの作品に興味をもったところもあります。

とにかく、1月にいったので、寒い、寒い。

あの海に浮かぶ、モンサンミッシェルにも行きました・・・いやー遠い、遠い。

パリの町は、非常に小さいとみなさん知っていましたか?セーヌ川を中心に二つに分かれるような形をしているんですが、そこの間にあるのが、ノートルダム寺院なんですよ。

非常に美しい寺院なんですね。ステンドグラスがものすごく鮮やかで、複雑で、目に見る者を圧倒してしまうような芸術品なわけですよ。

パリは、本当に統一されています。薄くブルーグレーがかった屋根の色、そして、ダークホワイトの壁。そして、昔ながらの外観を守る、町の雰囲気を一貫とおし、守っている。

なので、この町に足を踏み入れると、文化、芸術、歴史が、そのまま感じ取れるような趣になっています。

もちろん、モードの最先端を行くフランス・パリですから、内装は現代的ですよ、しかし、外観は変わらない。

そのことに誇りを持っているようにも感じられます。

このことが、なんだかフランス人のルーツのような気がしますね。われわれはフランス人なんだ!という誇りですよね。

英語が話せても、フランス語しか話さないみたいな。そんな意地悪はやめてほしいですけどね。

ヨーロッパって晴れているイメージがないでしょう?イギリスに行った時も思いましたが、いつも曇り空なんです。晴れた!と思いきや、小雨が降ってくる・・・なんてことも稀ではない。

けど、その曇り空こそが、この町にはよく似合う。本当によく似合います。

どんな角度の町並みも裏切ることなく美しいので、一度は訪れて見てください。

YOU

浜崎 あゆみ 「YOU」

 今やカリスマ的な歌手になっり、J-POP界の女王ともなった浜崎あゆみさん。私はほぼ同世代のアーティストで、まさに青春ソングは彼女の歌とともにあったと言っても過言ではないわけです。

昔は、すこしおとぼけキャラらった彼女が、この「YOU」という曲を歌った時、まだ、御顔もテンデナチュラルで・・・、いつのまにやら、とんでもないメイクになってしまいしたけど。

声も、この頃は透き通るような声をしていたものです。

外見を飾らなくても、若々しく、美しく可愛い彼女がありのままあった時代の唄ですよね。

浜崎さんのファンの方には、当たり前の話かもしれませんが、彼女はいつも作詞を手掛けているんですよね。

あの外見からくる華やかさ、パホーマンスからくる大胆さから、わからないけど、彼女は非常に繊細で、一種暗さのある歌詞を書いている。

それは、他の楽曲にも見受けられることではありますが・・・。

彼女のイメージと、歌詞のギャップに驚いてしまう。

この曲はとにかくメロディーが奇麗で、なんだか本当に四季のおりおりが巡ってくるようなそんなイメージがしてしまう歌なんだけど、彼女がこのとき誰を思って作った歌かわからないけど、非常にただ求めるだけの愛なんかじゃなくて、そばにいるだけで癒せるそんな人になりたい・・・そう願うと締めくくっています。

アーティスト、女王、カリスマ・・・そんなワードの中に生きる彼女にとって、本当の自分をさらけ出せることはそんなに簡単なことではないのかもしれない。

不安を見せるな、疲れをみせるな、衰えをみせるな!!

そんな中で生きてる、アーティストのそんな悲しさがなんだか伝わってくるようなそんな歌詞に私はおもえたけど。

彼女の名曲はもっと他に沢山あるのかもしれないけど、私の中の浜崎の名曲はこの一曲。「YOU」であると言えます。

1リットルの涙(ネタばれ注意)

 フジテレビドラマ 「1リットルの涙」

 この作品は、映画化もされています。沢尻エリカの出世作品のひとつと言っても過言ではありません。

やはり実在する人物を演じる場合、又、その方が亡くなられている場合、丁寧にかつ、真摯に望まないと、本人のイメージを壊してしまうことにもなり得るので、必要以上の繊細さがいると思うわけです。

彼女の他に、其の後残された、遺族がいるわけですから・・・。

沢尻さんは、この作品以外にも「パッチギ」「タイヨウのうた」など、どちらかというと、難病を抱えたまたは、必死に自分の持っている過去や存在意義と戦うというような、重い役、そして、清純で進撃な役が多かったこともあって、本来の彼女との違いに、たぶん世間は仰天したんだろうと思います。

「あの可哀相な亜矢ちゃんが、なってこと言うの・・・」っていう反応かな・・。

なので、ちょっと言葉悪いけど、酒井のりこが、ドラッグやってたなんて・・・!!!!!みたいな感覚とちょっと似ているかな・・・。

酒井さんも、耳が聞こえない役や、知的障害を持っている生徒の先生などの役が多かったから。

やはり、上手い女優というのは、その役になり切るから、本当にみんなが、この人はこんな人なんだろう・・・と勝手にイメージしてしまうんだろうな。

そいう意味でも、彼女たちはやはりプロの女優だったということは間違いないですよね。個人的には、比較的好感のかった人たちだっただけに残念です。

で、本作は、もうストーリー云々より、泣ける泣ける泣ける。

彼女は「神様は、なぜ私を選んだの」という言葉を言います。

母親は、「その答えは、今だわからないままである」という言葉で締めくくっています。

それは、人間、生きている以上、永遠のテーマであると思います。

「誰かの役に立ちたい・・・」亜矢はいつもそんな言葉を残していましたが、それぞれの思いが非常によく伝わってきて、ただ、五体満足に生きていることが、どれだけ幸せなことなのか?ということを伝えてくれる一作でした。

彼女に触れた人間はみんなそう思えたのでしょうね、諦めない心、受け入れる心、自分なりに前へ進んでいこうという意志の力。

「歩きたい」「しゃべりたい」「食べたい」その希望は、「笑いたい」「幸せになりたい」という希望よりどれだけ意識しないで見過ごしてきた贅沢な希望だったんでしょうね?

そいうことを考えられること自体が、この作品の意義だと思います。

もう、役者さんは全て素敵でしたね。本当に。

主演のエリカさんも、悲しみと、切なさと、あったかさと優しさがジンワリ感じられたし、母親役の薬師丸さんは、見事なお母様でした。

しっかりと意志を持って、子供にあたっている、一生懸命で人間らしい、素敵な母親だった。彼女に感傷的に泣き続けられたら、正直言ってドラマっぽいって感じてしまったかもしれないんだけど、そいう所がなかった。

あの、母親役を見事に演じ切っていました。あの母親は、弱いところもあるけど、ぐっと我慢するちょっと男儀の溢れる女性だったので。

そんな母親に支えられて、きっと主人公は本当に幸せだったろうな・・・。

そして、その家族を演じる子役達も、あの二人だからできた子供たちと納得できる、画面から違和感がない。

とっても暖かい家族でしたね。とっても素敵な家族と出会えて、主人公は幸せだったのではないのかな。

最後錦戸君と、対面していたシーンは切なかったですね。彼も美しい涙を流していました。本当に、ちょっと悲しみを秘めたような役をやらせると錦戸君は抜群にはまりますよね。

長い時間をかけてこの作品を見た作品でした。

ブーリン家の姉妹(ネタばれ注意)

 ジャシティン・チャドウイック監督作品 「ブーリン家の姉妹」

 この作品は、2008年公開時、映画館へいきました。

お話は、歴史映画で、有名 女帝エリザベス一世の産みの親、アン・ブーリンとその妹メアリーの話なんですね。

貴族にとって、家を繁栄させることが何より大切なことで、息子はより、地位を、娘は、好い家柄の殿方を見つける。それが当たり前だし、そこをうたがったりすることもないのだろう。

貴族とは、そいうものだ。一般人とは違うし、違う考え方なんだとおもう。

なので、娘を平気で取引の交渉に使ったり、他国に、敵国に嫁がせたりなんてことも、まーゆってみれば当たり前に行われていた。

そう、そいう世界のお話なんです。

アンは、長女で、そいう教育をしっかりと受けて育ち、又、そうすることが、自分の幸せもしくは、役割だと分かっているタイプ。

メアリーは、いわゆる現代的な考え方に近い。いわゆるわれわれが思う、自分が自分らしく似合う人物の所へ嫁にゆき、夫に愛してもらい、家族を作っていくという考え方。

私たちにも視聴者にもついていける考え方であるといえると思います。

彼女二人は、双方、とても美しいのだけど、そもそも持っている考え方が全然違うから、プライドの持ち方も全く違うわけです。

王の気を当然引けるだろうと考えていたアンは、見向きもされず、妹のメアリーの心やさしさにひかれて惚れてしまう王。

アンは当然、ものすごい嫉妬というより、プライドを傷つけられて、妹を恨むけれど、メアリーは本当に王の心がここにあるのか?王の気持ちが自分に向いているのか?という愛という観点で悩むわけです。

アンは、自分を洗練させるためフランスに行きますが、まっ、追い出しくらったともいえるけど。そこで、女性ならでわの優雅さと、気品、そして、もともとよかった頭と美貌をフル活用して、再びイギリスにもどってくるわけです。

明らかに違う、アンの美しさに次第に王は惹かれていく。妹を出し抜いて、そして、王の正妻をを押しのけて、自分が妻であるというポジションを奪い取るわけです。

そこに、アンのただならぬ執着心がある。王を愛しているわけではなかったと思う。ただ、自分のプライドを守るために必死に演じている強大な愛憎劇なわけですよ。

このそいう、ふてぶてしく、たくましく、恐ろしく美しい女性を、ナタリー・ポートマンが実に力強く演じていたと思います。

あの頃の、貴族の女性の衣装は本当に美しい。シンプルだけど、美しく、本来の女性の持っているきれいさを存分に引き出してくれるような衣装。

ナタリーは主に、ブルーの衣装を身に付けていました。メアリーは赤い衣装でしたけど。それが双方恐ろしく美しかったですね。

ナタリーの横顔は忘れられません。

上品なんだけど、高貴で気高い美しさが存分にでていて、いやー昔見た映画とえらい違って成長したんだなー、なんて思いましたね。

なので、衣装を見ているだけでも凄く満足できましたよ!!

自分がイギリスの中心にいるというポジションに執着心を持った、アンの生き方は滑稽なようで、人間らしかった。

そいう教育の本生きていた、アンにとって、王の子供。嫡子を産むことが、自分の存在意義ともいえたわけでしょう?最初に産んだ子供は女の子。そのことが王を落胆させ、愛情が次第に薄まってゆくのです。

まっ、実際はのちこの女子が、エリザベス一世なんだけどー。

そうなると、あらゆる手も考えてしまいますよね。まっ、実際はそうはできなかったけど。

そんなこともあり、彼女の生き方がやはり怖すぎましたね。

王は、彼女をギロチンにかけてしまいました。

そいう滑稽な人間らしさが存分に溢れかえっていました。決して善人じゃないけれど、観客というのは、やはり懸命になにかを成し遂げようとする人間に感情移入してしまうものです。

エリザベス一世は、純潔の女王とも言われていますよね。あの偉大なる女王の母は、やはりこんな女性だった。

彼女の思いは実話、こんな所でかなえられていたのだ。ということでしょうか?

実話なのに、もうなんてドラマチックなんでしょう?

それだけでも面白かった。

隠し砦の三悪人(ネタばれ注意)

 樋口真嗣監督作品 「隠し砦の三悪人」

 この作品は黒沢明監督のリメイクなんですね。私はそんな前知識が全くない中で、この作品を見ましたが、感想は面白かったです。

ちゃんと平成に上映した現代の若者に分かりやすい映像になっていたし、お話も別段難しくはなかったです。

 時代劇の背景もしっかりと出来ていたし、その世界観にも入っていけたような気がします。これは娯楽映画というジャンルの中ではいい方ではないでしょうか?

なので、映画を見終わった後に、何かを考えさせてくれたり、首をひねったりっていうのが反対に全くなかったですね。

いやー派手なアクションだった!めでたし、めでたし。

そいう印象でしょうか。この場合、主人公の松本君には申し訳ないですが、長澤まさみが主人公という印象でしたね。

かつての彼女のイメージを大きくかえるような、一本筋の通った、血の通ったりりしい姫でした。彼女は声がいいですね。普段、CMとかで見ていると、じゃっかん甘い声だな・・・と思うこともしばしばありますが、この映画の中では非常に透き通った奇麗な声でしたね。

彼女は、本当に美しいのでしょうね。化粧も全く効かないような風貌でも、本基の美しさがあるから、上品さがちっとも消えず、凛とした印象そのものでしたね。

後、やはり阿倍寛ですが、この方は、体格の大きさもさることながら、あの迫力と眼光の強さ、ふてぶてしさが合わせあって、うん、この人なら一人で何人も切れる・・・って思いましたね・・強かったし。

だからかな・・・、松本君がなぁ、主人公の割にあんまり目立っていないのね・・・。やはり阿倍さんの迫力に負けたと言ってもいい感じかな・・・。

どこに惚れましたか、雪姫様・・・それは顔でしょうか?みたいになってしまっている。

なんかエピソードで、彼女が惚れるようなシーンが決定的にあれば、ラブストーリーとして成立していた気がしましたけどね・・・。

私は、雪姫のまっすぐな気持が、武蔵の心を動かしたシーンは本当によく伝わってきたのだけどな・・・。

派手でしたね、御金たくさん使ったんだろうな・・・。最後も凄くインパクトあるシーンだったし。ああ、そそ宮川大輔さんもよかったですね。ああいう道化役は、前にも書いてますけどやっぱり難しいのでね。

この映画はね、ラブストーリーでしたよ。本当に。

松本潤君って結局ラブストーリー多いよね。なんでだろう?彼のイメージを払拭する作品には出会えないものかな?彼はそれだけではない人に思えるけど・・・、たぶん同じようなスタンスの役しかこないのかな・・・。

嵐は今勢いあるし、だからこそ、役者として彼にもう少し冒険させて見てもいいんじゃないのかな・・・、ラブもいいし、あってもいいけど、そこが主軸じゃない人間ドラマがあったら、彼も一皮むけるかもしれないな・・・。

と、またまた凄く批判的なこと書いてますけど、でも、これは松本潤君の役者としてのポテンシャルに期待を込めたコメントと思ってくだされ!!

ヴィヨンの妻(ネタばれ注意)

 根岸吉太郎監督作品 脚本田中陽造 「ヴィヨンの妻」

 太宰治生誕100周年にちなんで制作された作品。他に、パンドラの匣、人間失格なども今回映画化されますね。

 国語の授業で習いました。「走れメロス」。

難しそうだな・・・そんな印象から、太宰治の作品を読んだことがありません。なので、この作品も映画で触れるのが初めてです。

セットや、時代考証などは、とても雰囲気が出ていました。そして、そこに出ている役者たちもまた、この時代が似合う人ばかりで、違和感なく世界に入ることができました。

この作品、監督賞でモントリオール世界映画祭をとった作品らしいですね。

観客は、女性それも30代~上って印象を受けましたね。公開してから結構たって見に行ったので、半分ぐらいは埋まっていたと思います。

やはり、文芸作品。難しかったですね。本当に。

ただ、昔夏休みの宿題で、読書感想文があったでしょう?その時にこの手の作品に触れますよね。その印象はそのまま映画になっていたような感じでしたね。

なんだろう、読み終わった後、首をひねるというか・・・なんだかよく分からないんだけど、強烈な印象を残して終わってしまったような感じかな。

もうね、明るくて、あっけらかんと生きている人なんか一人も登場しないんですねー。みんな考えている、苦悩している、もがいている・・・。

そんな姿なんですね。「自分とは何か?何に向かって生きているのか?誰かに必要とされているのか?」そんなことを常に考えている印象なんですね。

たぶん、それをそんなに悩めるのはインテリなんでしょうね。生きるか死ぬかのギリギリで生きている人にとって、そんなこと考える暇なんてないんだろうから。

結局、そいう感じがしたってことです。分かる人には、わかると思いますね。そいう苦悩の仕方が。

浅野忠信が演じる小説家は、たぶん太宰治自身も投影されていると思われる。死に見舞われている、死に執着している小説家でした。

その妻を演じたのが、この作品の主人公・松たか子さんでしたけれど。

昔の女性はこんな感じだったのでしょうかね。私には正直本当に彼女が何を考えているのかがさっぱりわからなかった。苦悩がね・・・あんまり感じ取れなかったという印象なんですね。

淡々としているでしょう?どういう状況に追いやられても、平常心を保っていたし、全てを受け入れているような器の大きさを感じたいうか・・・。

本当は、夫と刑務所で対面するシーンで、それがババンと伝わってこなければならなかったと思うんだけど、そこも正直あまり感じ取れなかった。

品のいい、美しさだけは十分に伝わってきましたけど。

どこか一点だけでも、彼女の大谷への愛情が見えたら、この映画の印象は変わったと思うけど・・・。愛しているのか、愛していないのかそれ自体もあまりはっきり伝わってこなかったように思いました。

だからね、ただ、松たかこさんが美しい、本当に上品な美しさをもった稀な女優さんだな・・・と思うばっかりでしたね。

まあ、私がそう感じただけなので、いや!素晴らしかったという人がいても当然なことだと思います。感じ方は人それぞれなので。

口紅をさして、堤さんの事務所に行くシーンは、とてもよいシーンでしたね。あれだけ、濡れ場のシーンがなくても、十分に観客に伝えることのできるシーンになっていたと思うし、松さんの上品さを保ちたければ、あれがベターだとも思う。

後、ごめんなさい、難点をあげるとすると、子供なんですが、もうちょっと懐きませんかね?もーぜんぜん子持ちに見えないしなー。

コミュニケーション足りないんじゃないのって感じましたねー。細かいところだけど本当に気になってしまいました。

この妻はね、やはり完璧すぎましたよね。なので、大谷の気持ちがわかるんですよね。同情はしませんよ、けど、大谷の荒みっぷりが手に取るようにわかるのね。

全然比較にならないと思うけど、あまり男前の彼氏の前だと、いい気分だけど緊張しません?なんだか、自分に見合ってないような気がして・・・、そいう感じなんですね。

完璧って言うのはね、隙がないってことでしょう?大谷をあそこまで追い詰めたのは結局妻のような気がしますね。

後、広末涼子さんなんですが・・・うーん。彼女作品には凄く恵まれていると思うんですね・・、ただなー、他の役者さんが違和感を感じないのに対して彼女はいっつもちょっと気になるんですね。広末さんは、あくまで広末さんって感じなんですねー。

あの方も、清潔感ただよっているような感じの印象でしょう?ああいう飲屋の女ってのが・・・なりそーにないからなー。

ということで、期待していただけに、ちょっと期待はずれだったみたいです。あくまで私にとってですけど!!

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